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言いたいことは山ほどある。

性別や障害、属性で気になること。

【本】発達障害は諸々のズレという見解

 東洋経済の『発達障害の素顔』というブルーバックスの紹介記事。未読なので書評ではなく、記事タイトル及び内容に色々と思ったことを書く。

 

toyokeizai.net

 

 自分のような軽度の自閉症だと、障害と言われてもピンと来ないのが正直なところだ。ズレという表現は自分もよく使う。体感のズレ、情緒のズレ、視野のズレ、興味のズレを感じている。ズレを認識するには定型発達者との比較が必要で、複数の定型発達者や発達障害者から話を聞いて比較検討しないとなかなか認識できない。幸い、自分は人と話すのが好きなので、親しい人達を長時間インタビューした。

 結果、どうも自分は色々とズレていると分かった。目立った学習障害がなかったこともあり、障害というより症候群と言ったほうが個人的にはしっくり来るのだが、しかし生活上の不便や困り事は結構多くて(主に感覚過敏と特異な体長変動による)、ストレスも強いことから一般的な形での社会参加には困難が伴う。

 また、仕事や学習で困難を経験している人に多いのだが、障害として認めて欲しがる人は結構いて、障害じゃないという言い方に強い不快感を示す人もいる。自分も「個性」だの「特徴」だの定型者に言われると良い気持ちはしないし、「才能」と言われたらイラっとする。一方で、「障害はすべからく悲惨である」と言い切られると、あまり悲惨でない自分のような者は障害を名乗ってはいけない気がしてくる。

 

 上記の本のアマゾンでの紹介文を引用する。(改行位置は変更)

 

 「多かれ少なかれみんながもっている、だから「スペクトラム」とよばれているのです。

 ・コミュニケーションが苦手

 ・人の顔や目を見て話ができない
 ・読み書きが苦手

 

 だれにだってある、ちょっとした性格のひとつ。じつは、脳が発達する過程で、うまく視覚が形成されなかったりすると、そのほかの感覚器の形成に影響が現れるというのです。
 人より視力や聴力が極端によすぎるために同じものを見たり、聞いたりしていても
 まったく違う世界として受け止めているかもしれない、それが発達障害の素顔なのです。
 自閉症ADHDディスレクシアウィリアムズ症候群アスペルガー症候群など、感覚の特性としてとらえることで新しい治療と対応の可能性が見えてくる!」

 

 ディスレクシア難読症や識字障害のことで、文字が読めない学習障害だ。ウィリアムズ症候群は7番染色体の遺伝子が欠損していることで生じる、軽度~中度の知的障害を伴う発達障害だが、自閉症とは反対に高いコミュニケーション能力と社会性を持つ友好的な性格で知られている。

 アスペルガーでは「読み書きが苦手」という人をあまり見かけない。(読解力を問う国語の成績は悪い人もいる。)学習障害は比較的出にくいらしく、自分の場合も目立った学習の遅れはなかった。ただ、驚くばかりに漢字人名を覚えない。これは今でもそうで、片仮名や英字表記の人名もあまり覚えないのだが、漢字の人名は記憶に穴でも空いているように見事に忘れる。覚えていても言い間違いが多い。書く場合はまだ良いのだが、口で言うときは不思議なくらい言い間違える。

 

 「誰だってある」と言い切るのはどうなのかとは思うが、定型発達者(ということになっている人々)をよく観察していると、発達障害に類似した行動を取ることがある。コンテキストの無視、相手の気持ちを考えない態度、思い込みによる価値観の押しつけ、他人に対する興味の薄さ、社会性の低い行動といったものは誰にでも見られる。そういう行動を見るにつけ、定型発達と発達障害が連続していると感じるし、どこからが障害なのか線引きが難しいとも感じる。

 しかし「性格の1つ」と言ってしまうのは障害を否定される気がして、怒る人もいると思う。世の中では「大人の発達障害はインチキ。ただの性格に過ぎない」と主張する人もいて、かなりの反発を買っている。感覚過敏や体感のズレが「性格」と言われたら自分だって怒る。「特徴」と言われたらまだしも、「性格」なんて言い方はない。

 

 視覚過敏は発達障害が原因だと思うが、視力が良いのまで関係あるとは知らなかった。自分の視力は結構良い。子供の頃は両目とも1.5という平凡な検査結果だったので視力が良いとは思わなかった。20代前半までは乱視でもあるのかと思ったくらい、良く見ようとジッと見るとブレてしまい見えにくかった。そのうち遠くの物が良く見えるということに気づいた。30歳を過ぎると老眼が入って、本を読むのに百均の老眼鏡をかけるようになった。老眼というより単に遠視だったらしい。

 視力検査の結果が良くなかった理由は、見ようとするとブレてしまうせいで、これも後になってから分かった。視野の中心あたりはブレやすい。目の端で見ると動いている物も小さい物も良く見える。とはいえ、最近はさすがに視力が落ちたようで遠視が治った。本も老眼鏡なしで読める。代わりに遠くの看板が見えなくなって不便だ。

 視覚過敏は視力の問題ではないと思う。学生時代は「明暗順応が追いつかない」と認識していて、サングラスをかけていることが多かった。眩しさは暗い場所から明るい場所に出たとき、明暗順応が追いつかない感じによく似ている。夜だと対向車の遠目ライトがかなりきつくて、視野が白飛びするので運転は危険。

 

 記事中、唐突に性的虐待の言及がある。虐待によるストレスが脳の発達に影響を与えるのは分かるのだが、発達障害は現在、育て方の問題ではないことになっているので関連性が分からない。本の中でストレスと脳の発達についての言及があるのだろうが、自閉症の本の紹介で虐待児、それも性的虐待を取り上げるのは奇妙な感じではある。しかし自閉症発達障害の子供に限らず、障害児が虐待の被害者になりやすい事実はあるようだ。

 何にせよ、「感覚の特性」に言及が多そうな本書はちょっと興味深いので、そのうち読んでみたい。ブルーバックスなら公共の図書館に置いてあるし、なければ取り寄せても時間はかからないだろう。買うかどうかは読んでから決める。

 

〔追記〕

 アマゾンのレビューを見ると、7レビューで☆3.5。あまり高評価ではない。認知科学寄りの本だとか、具体的な対策に言及していないというのが理由らしい。具体的な対策は色々な本で指摘されているし、発達障害には解決法も答えもない。そういうものを期待して読むとガッカリするのかも知れない。

 本文中に「蛍光灯の点滅が見える」という記述があるようだが、今の蛍光灯は高性能になったのか気になりにくい気がする。今の子供達は蛍光灯の点滅と言っても通じないのかも知れないが、昔の蛍光灯は点滅が酷く、室内(仕事場など)でもサングラスをかけていた。自室や読書スタンドは白熱灯を使っていた。蛍光灯による色の偏向もかなり気になった。(部屋全体が青っぽく見える。)白熱灯の色に近い蛍光灯が出てからは楽になったことなどを思い出した。

 一般の人には点滅は見えないと学生時代に定型の友達と話して知った。自分が「ほら、点滅した」と言っても、周囲の友人は「全然」と言って否定する。当時は自閉症と言えば知的障害のことだったし、こういった細かい特徴は知られていなかったから自分も「ただの癖」と思っていたが、神経が疲れるし苛々も多かった。。楽な時代になったなと思う。