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言いたいことは山ほどある。

性別や障害、属性で気になること。

パーソナリティ障害と発達障害

発達障害 精神障害

 この記事は前記事『 パーソナリティ障害とは - 日常が非日常 』の続きです。前記事を読んでいる前提で、語彙の説明は繰り返しません。

 

 10種類もあるパーソナリティ障害だが、実際に診断を受ける可能性があるものは多くはない。A群では統合失調型、B群では境界性と演技性と自己愛性、C群では回避性と依存性。可能性があるのは他に強迫性か。

 スキゾイド(統合失調質)パーソナリティ障害の事例がないであろう理由は、よほどでないと受診しないからだ。もし他の不調が出て受診した場合、うつ病などの診断がつくだけで、こんな分かりにくいパーソナリティ障害の診断をわざわざつける医者はいないだろう。強迫性パーソナリティ障害は強迫性障害強迫神経症)の診断がつきそうだし、妄想性パーソナリティ障害もその特徴から受診しそうにない。よしんば家族が無理矢理引っ張って行ったとしても、妄想が強いと統合失調症か被害妄想型のパラノイアになりそうな気がする。

 依存性と回避性の診断が実際についたという人には会ったことがないが、依存心が病的に強くて、どんな些細なことも指示を仰ぐという事例は、指示を仰がれる配偶者から直接聞いたことがある。随分と大変な生活だと思ったのを覚えている。回避性も比較的判断しやすいように思う。

 

 前編で「精神医療の流行」について書いたが、精神科の誤診は結構多い。自分もまともな診断名がつかない状態で長年来たし、統合失調や躁鬱病双極性障害)のような結構大変な診断が後で変更になった事例も複数聞いたことがある。今なら自己愛性と診断されるであろう特徴も境界性のブームの時は境界性と診断された。当時、自己愛性の診断例が日本で殆どなかったため、診断しにくかったからだろう。

 また統合失調症のように安易につけたら大変なことになる診断をなかなか出さない病院(学閥的な系統)もあれば、かなり簡単につける病院(系統)もある。最初の数年間はPD(パニック障害)で後に統合失調症に変更になったケースは複数聞いたが、それはまだ分かる。統合失調症ですと言っておいて、後に別の診断名に変わるというのは納得がいかない。しかし、そういう事例もないではない。

 PD→統合失調症の診断は理解できる。統合失調症は妄想・幻聴・幻覚が特徴だが、原因はドーパミンの増加と言われている。統合失調ではその他の脳内物質の増加も起こるから、恐怖のホルモンと言われるアドレナリンが増えてしまうとPDのような症状を示すだろう。統合失調症の妄想でも理由の分からない過剰な恐怖心はあるらしい。

 誤診ではなく病態の変化と捉えられるのは、うつ病(単極性うつ)から双極性障害に変わる場合だ。単極性か双極性かは躁転してみないと分からない。逆に一度でも躁転したら双極性に変更になる。双極性障害は二大精神病と言われる躁鬱病のことで、これも完治しないと言われているのだが、こんなに双極性の診断が増えて大丈夫なのだろうか?、という気はしている。単極性では抗うつ剤を使用するが、双極性なら抗うつ剤は使用しないから、この変更は様子を見ずスムーズに行われる。

 

発達障害に似ている(?)パーソナリティ障害や病名

 自分が知ってる限りでは統合失調症躁鬱病双極性障害)、身体表現性障害、境界性や自己愛性などのパーソナリティ障害など多岐に渡る。併発もないとは言えないので必ずしも誤診でもないかも知れないが、この症状でその診断名になるのか、と驚くケースも中にはある。

 統合失調症に間違われる原因は、強いこだわりと見立てや紐付け(関連性の設定)が妄想と判断された場合だ。躁鬱病双極性障害)と間違えられるのは、気分変調が激しく、切れやすいせいだろう。これはいずれもアスペルガーの事例。ADHDではディスチミア親和型うつ病があるが、これは誤診とまでは言えない。二次障害で出ている場合がある。しかし発達障害が根本原因であると気づかないままに治療をしても芳しい結果は得られないかも知れない。

 

 自分の場合は境界性パーソナリティ障害の正式診断が1回、正式診断ではないが医者がそう判断したことが1回ある。これも誤診とまでは言えない。パーソナリティ障害は行動様式を見るだけだから、原因が何かは特定しない。以前はアスペルガー境界性パーソナリティ障害は併発しない(特徴が相反するから)と言われていたが、今ではその考えは支持されていない。

 何故、境界性とアスペルガーが相反するのかと言うと、アスペルガーは他人にあまり興味がないと言われているが(自閉症だから)、境界性は特定の他人に強い執着があり、場合によっては不特定の人に構われようとする。しかし積極奇異型のアスペルガーだったら他人への働きかけは強いし、特定の相手に強い愛着もある。境界性に見える行動をしないとも限らない。

 また境界性もステレオタイプな「見捨てられ恐怖」だけではなく、回避性の強いタイプがいる。最近では回避性愛着障害などと呼ばれることもあるが、愛着障害が定義される前は境界性パーソナリティ障害とされていた。境界性と愛着障害はかなり違うものなのだが、時として類似した行動を取る場合がある。行動の原因は他人からは分からないから、行為だけを見て評価するとそういう診断になってしまう。

 アスペルガーは劇場型のパーソナリティ障害にはならないとする考えは、アスペルガーの行動様式をあまりにステレオタイプに捉えすぎている。淡々とした感情表現と他人に対する希薄な関心(特に感情面において)はアスペルガーの特徴ではあるが、他人に強い愛着を持つ場合がある。それが異性なら(異性愛者という前提で)恋愛と誤解されるほどだ。「見捨てられ恐怖」はないのだが、自分のこだわりに応じた自己中心的な言動や、相手の迷惑を考えない(想像できないだけだが)行為が境界性人格に見える可能性はある。

 

 上では反社会性パーソナリティ障害は滅多に診断されないだろうと書いたが、先日、某所で反社会性パーソナリティ障害と診断された発達障害の人を見かけた。反社会性なんてよほどじゃないと診断されないと思っていたが、そうでもないらしい。しかし社会性が低いから反社会的な行為をしてしまう発達障害者を反社会性人格とまでするのは随分酷い話に思える。反社会性をサイコパスとすると、強い犯罪傾向のある人物という印象になる。しかし現在ではソシオパスという言葉があり、社会性に問題のある行動をする人という軽いニュアンスになっているのかも知れない。が、それにしたって、とやっぱり思う。 もしかして流行が反社会性人格に移ってる?

 

◎パーソナリティ障害の診断は慎重に

 ネットでパーソナリティ障害の診断基準を検索すると、出てくるのはDSMの基準が多い。あるいはICDの場合もあるが、注意しなければいけないのは素人がそれを見て「当てはまる」と即断してしまうことだ。DSMの場合など、誰でもありそうなことを7~9項目並べて「5つ以上当てはまれば」としている。

 たとえば自己愛性だと、

 

 1.自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないのにも

  かかわらず優れていると認められる ことを期待する)。

 2.限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空 想にとらわれている。

 3.自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または団体で)

  しか理解されない、または関係がある べきだと、と信じている。

 4.過剰な賞賛を求める。

 5.特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを

  理由なく期待する。

 6.対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を

  利用する。

 7.共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、 またはそれに気づこうと

  しない。

 8.しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。

 9.尊大で傲慢な行動、または態度。

 

といった調子で、必要数を「5つ以上」としている。「誇大な」や「過剰な」がどの程度を指すのかは曖昧だし、「尊大」「傲慢」「特権意識」は誰にでも多少はあるだろう。昔、この診断基準を見たとき、自分も「自己愛性では?」と心配になった。1、3、5、6、9が当てはまる。しかし自己愛性に多少詳しい人から「違う」と言われた。

 パーソナリティの診断基準は「人格」なので、心理テストとは違う。自己評価はあまり意味がない。内心「自分は重要な人間だ」「自分は特別だ」と思っていても、他人から見てそれが感じられないのなら人格ではない。自分では尊大で傲慢だと思っていても、単に自己評価が厳しいだけかも知れない。幼稚さから来る中二病的な感覚も上記に当てはまってしまう。

 自己愛性で重要なのは「自分の業績や才能を誇張する(大袈裟に言うだけではなく一部嘘が混じる)」「過剰な賞賛を求める(執拗に繰り返し賞賛を得られるまで食い下がる、得られないと怒り出す)」「他人を不当に利用する(他人の人格や人間性を無視して道具のように扱う、しばしば恫喝・脅迫を行う)」「共感の欠如(まったく共感が存在しない、共感が何かさえ分かっていない)」あたりで、それも些細なレベルではなく「ド外れて」その傾向が強いのが自己愛性人格だ。結果、しばしば嘘をつき、その嘘を本人も事実と信じ込むため嘘をついている自覚がない。支配的で操作的な対人様式を取る。(操作的とは、自分の思い通りに相手を動かすため、脅迫・恫喝・丸め込みを駆使する。自覚的に相手を操ろうとし、しばしば恫喝・脅迫を行うが罪悪感は皆無。)

 こういった言動は時として誰でも取る。特定の場面や特定の相手に対して、特に密室での言い争い(家庭内での口論)では社会性が失われるから異常な言動が目立つのだが、それをもってパーソナリティ障害としてはいけない。人格は社会性の問題なので、複数の相手に家の内外に関わらず継続して行う、という点がポイントだ。そして、おそらくは彼らは自己診断は無理だ。自分がそれをしていると無自覚だからこそのパーソナリティ障害なのだから。

 

発達障害者はパーソナリティ障害なのか?

 社会性が低いとされる発達障害者は、それ故にパーソナリティ障害なのだろうか。そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。確かに年齢に応じず社会性が未熟な人は多い。しかしそれは非社会的なのであって(社会との関わり合いが薄い)反社会的なわけではない。非社会的な傾向からルールを破ることもあるが、ルールを破ることに快感を覚える反社会性ではない。単に「よく分かっていない」状態だ。

 また他人の気持ちを想像する能力が低いため人を踏みにじるかのように見えるかも知れないが、人を踏みにじろうとしてやっているわけではない。自分のこだわりのほうが強かったり、相手が何を望んでいるかまったく想像がついていなかったりが原因だ。「悪気はない」というところか。「悪気はない」は定型者の決まり文句だが。

 アスペルガーの人ではルールを遵守しすぎる人がいる。杓子定規に文字通りルールを守ろうろうとし、融通が利かない。融通が利かないことを社会性が壊れていると言われたら困る。臨機応変な応用力がないだけだ。自分のようなチャランポランな人間は逆に、融通が利くかのように見えてしまうが、ルールにこだわりがなさすぎるだけ。しばしば逸脱する。しかし逸脱があるからといって反社会的なわけではない。

 つまり、社会性の低さや想像力の弱さという前提障害がある発達障害者にパーソナリティ障害の診断を下すためには、定型者よりも多くの配慮が必要だろう。凹んでいる能力の部分は凹んだ能力を基準にして考えるべきで、定型者を基準にしてはいけない。慎重に検討してもパーソナリティ障害とするしかない人はいるだろうが、安易にそう断定すべきではないと思う。

 

◎パーソナリティ障害の治療

 昔と違ってパーソナリティ障害も治療可能と言われている。認知行動療法やカウンセリングによる分析的精神療法が有効。未熟な社会性を伸ばしたり、認知の歪みを取ったり、原因となっている過去の出来事を探ったり。この点は発達障害と同じだ。気長な訓練とも呼べるような繰り返し作業ではあるが、間違いなく結果は出る。

 発達障害者の場合、社会性が低いことで問題を起こすのならその点はカバーしないといけないのだが、それは「定型者と同じになる」という意味ではない。他人に興味がないなりに当たり障りなくやり過ごすという意味で、非社会的な人格は変えようがないだろう。非社会的(社会に深く積極的に関わり合いたいと望まない)なことが問題なのではなく、反社会的(社会の規範を意図的に逸脱しようとする、暴力傾向・犯罪傾向など)が問題なのだ。特に大人であれば、社会性というのは知識と見識による行動の抑制や推奨される行動であって、「それさえ守っていればとやかく言われる筋合いはない」と割り切るのが良いように思う。

 たとえば暴力や犯罪(過失は犯罪には含まれない)をしない、他人を無闇に(言葉で)攻撃しない、差別しない、物事の原因・理由・根拠を確認してから判断するなどができていたら、おおよそ「高い社会性」と言われて良い。空気が読めないとか察しが悪いなどを非難される筋合いはない。社会性の評価は加算法ではなく減点法だと思う。