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言いたいことは山ほどある。

性別や障害、属性で気になること。

ミラーニューロンが弱くても社会性は獲得できる

発達障害 自分史 パーソナリティ障害

 僕はひねくれた子供だった。この性質はかなり初期に形成されていたらしい。幼稚園は寺だったのだが、悪い事をすると本堂に正座させられ、「お釈迦様に謝れ」と言われた。「木偶人形なんかに謝っても無意味だ」と考えたのを覚えている。小学校の高学年の時、教師が「私達が生きていられるのは戦争をおやめになった天皇陛下のおかげです」と言った。「戦争をとめる事ができたなら始める事もできたはずだ。だったら戦争になったのはそいつのせいじゃないのか」と腹の中で反論したのを覚えている。こんな風にとてもひねくれていて、大人の言う事を素直に聞く事は殆どなかった。

 僕は人間から倫理を学ぶ機会がなかった。人間は信用も尊敬もできない相手だったからだ。僕が基本的な社会性を学んだのは猫をはじめとする動物達であり、だから子供の頃は動物的な価値観しか理解できなかった。しかし小動物や虫は俯瞰して観察する事ができる。それが僕にわずかながらメタな視点を与えた。俯瞰して見ると宜しからぬ行動は色々とある。しかし自分を俯瞰する事はとても難しい。

 僕には道徳心というものがない。ただ自分の美学があり、それに従って行動していただけだ。自分を取り囲む様々な文化から摂取したその美学はそれなりに良いものだったが(弱い者イジメをしない、ズルをしない、卑怯な真似はしない、格好悪い事はしない、おべんちゃらは言わない等)、いかんせん法律を守るという概念は持ち合わせていなかった。だからいくつになっても飲食店から灰皿やスプーンをくすねた。「ズルはしない」と小物をくすねるという行動の矛盾に気づいていなかった。

 

 人間社会への信頼というものが決定的に欠如していた。いつでも人を疑っていたし、他人はズルく立ち回ると思っていた。僕が盗むのをやめるのには、あるきっかけがあった。山手線の窓からホームを何気なく見ていたら、会社員の男性が、店員が留守のキヨスクから新聞を取って代金を置いて去って行った。その瞬間、何故か分からないが涙が出るほど感動し、「より良い世界の側に荷担したい」という欲望が起こった。

 何故そんなに感動したのかは分からない。でも、その衝撃は僕に理想を与えた。おそらく「自分が格好良く振る舞うための美学」以外の、初めての社会に対する理想だった。世の中がどうあるべきか、その時から考え始めた。僕には尊敬する人間というのはいない。ガリレオダ・ヴィンチは子供の頃から天才で凄いと思っていたが尊敬とは違う。その能力を評価しているだけで人間性は問わない。その会社員男性の行動に敬意を感じ、初めて人を尊敬したかも知れない。

 

 子供の頃に感じた「おかしな事への懐疑」は間違っていないと確信している。他にもある。僕の親は店を経営していたのだけど、僕には過剰に客の機嫌を取る接客が理解できなかった。それが理解できたのは大人になってからだ。「付加価値」という事なのだ。客に敬意を払い、丁寧に接する事は店の価値を高め、客の質を良くするのだとやっと分かった。こうして、概念を獲得する事に時間がかかる僕も、少しずつ社会の枠組みを理解した。

 本堂に飾られた木偶人形に謝罪する事は、自分の心と向き合う事だ。人にではなく、メタな存在に対する敬意と忠誠心を育てようという試みだ。僕は南天の葉をむしって叱られたから、南天の木に謝るべきだと思った。でも、南天の木と本堂の木偶人形は「繋がっている」のだ。僕が宗教心を理解するのも、大人になってからだった。

 単に集団に追従するのではなく、理由を具体的にはっきりと理解しながら社会とは何か、望ましい人間とは何かを考え続けた。これは僕の執念だ。その結果、多くの間違った考えを退け、あるべき様、つまり理想を僕はやっと獲得したのだ。それはすべてが合理性と功利主義で論理化された世界観だ。

 子供の頃、僕には将来への希望は何もなかった。あまりに生きる事がつらく大変で、それで精一杯だった。それはつまり理想がなかったのだと分かった。今、僕には遅ればせながら理想がある。それによってこの世界への希望を繋いでいける。やっと希死念慮が消えた。