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言いたいことは山ほどある。

性別や障害、属性で気になること。

マイノリティー差別について

 某所でゲイだと友人にバレた人が相手から投げつけられた言葉が公開されていて、それを見て何とも言えない気持ちになった。好き嫌いは仕方がないし、友達をやめるのは自由だと思うのだが、それにしたって言って良いことと悪いことがある。25年も友達で、たったその属性1つであそこまで言えるのかと愕然となった。

 一方で、そういうことはよくあると知っていたし、内容も色々読んだことがあるが、書き起こされた言葉ではなくオリジナルを見たとき、これを自分が言われたときの気持ちを想像してゾッとしたし、それが十分に想像がついていなかった自分に気づいた。上っ面で理解して、本当には分かっていなかったのだ。

 

 公開されていたのはラインか何かのスクリーンショットだと思われる。暴言・罵倒・誹謗中傷といった内容で、ありがちな偏見に満ちた差別的な言葉が並んでいた。こういう表現をしてしまうとインパクトが消えるのだが、酷すぎてとても書く気になれない。

 言われた人は「仕方がない」と書いていた。友達間の関係のこじれは仕方がないのだが、属性に向けられた暴言や中傷は仕方がないとは到底言えるものではない。しかし、長年直接・間接に誹謗中傷されてきたマイノリティーは、それに怒る気力も失ってしまうのか。友人など自分以外が言われたら怒るのだろうが、自分のこととなると怒らない人が多い気がする。個人的な感情だからと押し殺すのかも知れないし、ショックが強すぎて怒りが湧いてこないのかも知れない。冷静に受け止めようとする本人の強い理性は賞賛に値するが、何ともモヤっとした感情が残る。

 

 差別はよくないとか、やめましょうなんて表層的な言葉では表現できない、何かもっと別の、やりきれない感覚が残る。同性愛差別に限った話ではない。ここまで酷いことを言われるのは男性同性愛者が多いかも知れないが(男は言葉が乱暴だから)、その他のセクシャルマイノリティーも言われるし、在日外国人への差別や障害者への差別もある。どれも無知に根ざした偏見に満ちた暴力的な内容だ。

 自分の属性を離れれば、自分が差別する側になる。被差別属性を持っていて、これを忘れている人は多い。自分は差別を受ける属性だから他人を差別していないと信じ込む。そんなことは不可能だ。差別をしない人はどこにもいない。

 とても幸いなことに自分は精神と発達の障害を持っていて、セクマイでもある。宗教も肯定しているし、自身もかなり傾倒した時期がある。自分が有色人種だから人種差別には嫌悪がある。それでも自分には無縁な被差別属性は沢山ある。自分が配慮が足りないと心配しているのは知的や身体の障害だ。子供を育てたことがないから、子育てのリアルを知らない。男性恐怖症や女性恐怖症などの恐怖症は想像がつくのだが、気が弱いとか心が弱い人に十分な配慮はできていないだろう。

 

 最近、しばしば「女ってどうしてこう自己中なんだろう」と感じる時がある。それは目の前のその人が自己中なだけなのだが、イラッとした瞬間にそのフレーズが頭を過ぎる。そして、頭の中で自己中な男の言動を一生懸命思い出す。自己中なのは女に限ったことではない、それは性差別だと確認するためだ。簡単に自己中な男の言動がいくつも思い出せるが、自己中の内容に微妙な印象の差がある。そして女特有の自己中さについて考え始める。そんな作業が多い。

 一方で、男にイラっとするのは無神経な発言に多い。相手の心情を慮る訓練が男は女に比べて弱い。能力の差というより文化の差だ。そこまで気にしなくてもたいていの男は簡単に傷つかないし、人間関係もこじれない。女の場合、ちょっとした言い回しで傷ついたのなんのと怒る人が多いから、気を遣う訓練が子供時代からできている。女性の言葉遣いや表現がソフトなのは性差ではなく、こういう経験の積み重ねなのだ。

 

 冒頭に書いた例でも、「同性愛だけは許せない」と罵倒者は書いていたが、これをレズビアンに対しても投げつけるのかと言えば、そうとも思えない。男が男に投げつける言葉の乱暴さに、自分が慣れていないので余計にショックを受けたのかも知れない。言われたほうが「言われ慣れている」のは、こういったきつい表現・露骨な表現のことかもしれない。そうだとすると「差別だから許してはいけない」と吹き上がるのも少し違う気がしてくる。(差別には間違いないのだが。)

 そうは言っても、差別する側として考えたとき、そこまで言うのは言いすぎだと感じるし、言って良いことと悪いことがあるという感想も変わらない。では自分は誰かの能力に対し、決して言い過ぎていないのか。言い過ぎないように気をつけてはいるが、相手からしたら「酷い」という場面は沢山あるだろう。

 属性を笑いものにするような冗談については、もっと危険だ。色の見え方と年齢に関連性があるという年齢チェックをネットでやったのだが(25歳と出た)、色弱の人からしたら不愉快な話だろう。こういう偏見を振りまく遊びは沢山ある。

 自分もやらかしているかも知れないという発想、自分の傲慢さへの警戒は、いくらしてもし過ぎることはない。一方で、ウッカリは誰でもするものだから、過剰に非難したり攻撃してはいけない。冒頭の罵倒者も、今はそう言っても数年後、反省して謝罪するかも知れない。人は生きてる限り成長できるからだ。